料理ジャーナリスト ヨーロッパ郷土料理・菓子・食文化研究家 並木麻輝子のお菓子な歳時記| SALUS ONLINE MARKET
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並木麻輝子のお菓子な歳時記

2020.07.01

世界のクールデザート(アメリカ編)

昨年のこの時期は、2回に渡って「世界のサマースイーツ(ヨーロッパ編、アジア編)」をお送りしたが、まだまだ注目してほしい異国の夏スイーツが多々。その中から今回は、世界のアイスクリーム文明発展の核ともいえるアメリカのクールデザートの歴史をご紹介しよう。

アメリカで開花したアイスクリーム産業

ヨーロッパで育まれた冷菓が、いつどうやってアメリカに伝わったのか、正確なことはわかっていない。
一説には、欧州からやってきた入植者のなかでも、上流の人びとが持ち込んだのではと言われている。ちなみに、アメリカに現存する資料の中で、最初にアイスクリームについての記述が登場するのは1700年頃だそう。18世紀の終わり頃には、ニューヨークなどでアイスクリームを出す店が次々と登場したが、当時はすべてが手作業だったため膨大な労力と時間を要し、そのぶん値段も高価だった。
その歴史に転機が訪れたのは1843年。フィラデルフィアの主婦がアイスクリームの製造時間を大幅に短縮できる画期的な手動式攪拌機を開発し、特許を取得。これを機にアイスクリームの大量生産時代が幕を開ける。さらに1851年、ボルチモアの牛乳商ヤコブ・フッセルが、余った生クリームを処理するためにアイスクリームの生産を開始。これが世界初のアイスクリーム製造工場となり、世界に先駆けてアイスクリームの産業化がスタートする。その後は多くのメーカーや、アイスクリームを出す店が続々と登場。贅沢品からアメリカ人の日常に欠かせない大衆的な嗜好品へと移行していく。

薬局内のアイスクリームパーラー

アメリカならではといえるのが「ソーダファウンテン」の出現。ソーダファウンテンとは炭酸水を自動的に作る機械のことだが、病気治療に効果があるとして、当初、炭酸水は薬局で処方・販売された。プレーン炭酸水に加え、レモン、バニラなど、フレーバー付きのものが増えてくると人気は沸騰。ソーダファウンテンも鉄、銀、大理石製や、白鳥、獅子、スフィンクス型など多彩なスタイルが登場。さらに薬局では店の一部を仕切ってカウンターを設え、その空間を「ソーダファウンテン」と名付けて、ソーダとともにアイスクリームのデザート各種を販売。カウンターの中には専用の従業員がおり、つねに町の人々が集う人気の場所として定着した。全米中を熱狂させたアイスクリームソーダ(炭酸水とシロップ、アイスクリームを混ぜたもの)の豊富なバリエーションをはじめ、ソーダファウンテンで生まれたメニューも少なくない。現在も活躍するレバー操作式のアイスクリームディッシャーなどの画期的な発明も含め、アメリカのアイスクリーム文化はこの時期に大きく進化した。

1919年に禁酒法が制定されると、酒場の多くはソーダファウンテン(またはアイスクリームパーラー)へとシフト。14年後、禁酒法が廃止される頃にはアメリカのほぼすべての市や町にソーダファウンテンが進出していたという。

世界のスタンダードとなったアイスアイテム

アメリカで生まれ、他国でも定番となった商品も多い。「サンデー」は、アイスクリームにチョコレートや、フルーツのソースをかけたもので、たいていは上に生クリームやチェリーなどのトッピングをあしらう。一説には1892年の4月、ニューヨーク州イサカのスコット牧師が、行きつけの薬局でバニラアイスを注文した際、店主が上からチェリーシロップをかけ、サクランボのシロップ漬けをのせて、いつもと一味違うスタイルにて供した。その日が日曜日だったことから、ふたりはこれを「チェリーサンデー」と命名。新聞にも掲載され、アメリカ中にサンデー旋風を巻き起こした。
また1904年にペンシルベニア州の薬局のソーダファウンテンにて、ストリッカーという見習いの薬剤師がバナナをベースとしたサンデーを発案。「バナナスプリット」と名づけられたこのデザートは瞬く間に人気を博し、のちにこの見習い青年は、働いていた薬局を買い取ってストリッカーファーマシーと名づけたという。ほかにもアメリカには数多くのアイスクリームドリームストーリーが存在する。

1904年のセントルイス万国博覧会を機に世界に広まったとされるのが「コーンアイス」(円錐形のコーンにアイスを詰めたもの)。万博会場で紙の器にアイスクリームを入れ売っていたところ、折からの暑さで飛ぶように売れ、器が底をついてしまった。すると隣のワッフル屋の主人がワッフルを円錐状に巻いてアイスクリームを盛って販売することを思いつき、これが大当たり。こうして今に続くコーンアイスが誕生した。

その他、バニラアイスをチョコでコーティングした大ヒット商品「エスキモーパイ」、クッキーの間にアイスをはさんだ「クッキーサンド」、「ポプシクル」=日本でいうアイスキャンデーもこの頃のアメリカで誕生した。次々と生まれたアイス菓子は、1900年代前半のアメリカの勢いと豊かさを映し出しているのかもしれない。

アメリカのアイスクリームの歴史を駆け足でご紹介してきたが、いかがだっただろうか?次回は同じアメリカでも、ちょっと珍しい南米やハワイのクールデザートをご紹介しようと思う。

並木麻輝子(なみきまきこ)

料理ジャーナリスト ヨーロッパ郷土料理・菓子・食文化研究家
パリの料理学校ル・コルドン・ブルーの製菓・料理上級課程終了。ヨーロッパ各地の料理・菓子を舌で確認しながら自ら取材した経験を生かし、書籍、雑誌、ガイドブック等を執筆する傍、コメンテーター、大学の生涯学習クラスやカルチャースクール講師、テレビ、ラジオ番組制作コーディネーター、レストラン等のアドバイザー、講演など食関係のあらゆる分野で活躍中。

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