1. SALUS ONLINE MARKET
  2. 並木麻輝子のお菓子な歳時記
並木麻輝子のお菓子な歳時記

第19回 雅な風習から生まれた重陽の名物菓子

みなさんは「重陽(チョウヨウ)の節句」という行事をご存知だろうか?
最近はやや影が薄く、ピンとこないかもしれないけれど、じつは古くからある伝統行事で、1月7日の「七草」や、3月3日の「桃の節句」、5月5日の「端午の節句」、7月7日の「七夕」と並ぶ5節句の一つにも数えられている。陰陽道では奇数は縁起の良い数「陽数」と考え、その陽数の中でもっとも数が大きい「9」が重なる9月9日は、陽が重なると書いて「重陽」と呼び、邪気を避け,無病息災や長寿を願う日とされてきた。

中国の重陽節

他の節日と同様、もともとは中国から伝えられた重陽節。その由来にはこんな言い伝えがある。 後漢(25~220年)のころ、桓景(カンケイ)という若者が、名高い仙人の費長房(ヒチョウボウ)に師事し、武芸の腕を磨いていた。あるとき費長房は「9月9日におまえの家は災いに見舞われる。家族全員のひじに、呉茱萸(ゴシュユ=カワハジカミ)を入れた袋をさげさせて高いところに登り,菊酒を飲みなさい」と告げ、桓景はその言葉を忠実に実行。無事に難を逃れ、家族で家に戻ると、残してきた家畜がすべて死んでいたという。この逸話は広く伝播し、毎年9月9日がくると人々は山や塔などに登り、呉茱萸の枝を髪に刺し、菊酒を飲むという習慣が定着した。
ちなみに今でこそ9月9日=吉祥の日とされているけれど、古い陰陽思想によると、この日は「陽」の気が強すぎるため逆に不吉と考えられ、当時は難を逃れる行事(厄払いの日)とされていたそう。
現在は呉茱萸を身につけるという風習はあまり見なくなったものの、重陽節には昔と同じように菊酒(または菊花茶)を飲み、山や丘に登ったり、家族でピクニックを楽しんだりしている。この日の象徴でもある菊は、さまざまな薬効があり、また寒さや霜にも負けないことから延寿の代名詞にもされてきた。その流れから「長寿を祝う日」という意味も持ち、中国ではこの日を敬老の日としている。

さて、もうひとつ、この日に欠かせないのが伝統菓子の「重陽糕」(チョウヨウコウ、中国語ではチョンヤンガオ)。現在は土地やお店ごとにさまざまなレシピが存在するが、基本的にはもち米やうるち米の粉と餡を交互に重ねて蒸した餅菓子で、上に干しナツメなどのドライフルーツやナッツを飾って仕上げることが多い。ちなみに「糕」というのは穀物の粉をベースにした蒸し菓子のこと。重陽糕の歴史は古く、漢代にはその前身となる菓子がモチキビで作られ、厄除けとして食べられていたという。
凝ったものは九層も重ね、上には同じ材料で作った2匹の羊も鎮座。コレ、単なる飾りではなく、「陽」と「羊」はいずれも「ヤン」と読むため、重陽にひっかけて、羊が重なる=羊が2匹という意味が隠れている。また「糕」と「高」はどちらも「ガオ」と読むため、「歩歩高昇」(一歩一歩登る)=徐々に昇進する、次第に優れた人になるという意味も含み、厄除けに加えて成功や出世のイメージを持つ菓子へと進化。最近では、この日、山や楼閣などに登る代わりに、重陽糕を食べて「高みに登る」ことに代えている人も多いという。

日本における「重陽の節句」

この節日が日本に伝えられたのは平安時代の初期ごろ。当初は宮中行事の一つとして取り入れられ、貴族たちは菊を鑑賞し、菊酒の杯を重ねつつ厄祓いや長寿祈願をしたという。別名「菊の節句」というこの行事は、湯船に菊を浮かべた「菊湯」や、枕に菊を詰めて邪気を払った「菊枕」、菊を持ち寄って優劣を競う「菊合わせ」など菊にまつさまざまな慣習が生まれた。なかでも注目したいのが菊の「着せ綿」(被綿・きせわた)。これは重陽の前夜、菊の花を薄く広げた真綿で覆い、翌朝、菊の香りと露を含んだ綿で体を拭いつつ不老長寿を願ったというもの。この優雅な風習をもとに作られたのがその名も「着せ綿」という名の和菓子。練り切りまたは白餡に小麦粉を混ぜて蒸したこなしで餡を包み、綿を被った菊をかたどって仕上げた上生菓子が一般的だが、薯蕷饅頭や餅菓子タイプもある。ほかにもお店によって干菓子や最中など、菊モチーフの菓子が毎年9月の頭ごろから店頭に並ぶ。
ちなみに、晩秋の花である菊がなぜ重陽の象徴になったのかといえば、現在は新暦の9月9日に祝われているものの、もともとこの行事は旧暦の9月9日、つまり現在の10月半ばすぎに行われていたため。

現在は5節句の中でも地味な存在で、古き良き慣習もほぼ薄れてしまったけれど、重陽の伝統は、和菓子の世界で今も脈々と受け継がれている。今年の9月9日は、清少納言や紫式部も記した「着せ綿」の習慣に思いをはせつつ、和菓子の「着せ綿」を味わってみてほしい。

並木麻輝子(なみきまきこ)

料理ジャーナリスト ヨーロッパ郷土料理・菓子・食文化研究家
パリの料理学校ル・コルドン・ブルーの製菓・料理上級課程終了。ヨーロッパ各地の料理・菓子を舌で確認しながら自ら取材した経験を生かし、書籍、雑誌、ガイドブック等を執筆する傍、コメンテーター、大学の生涯学習クラスやカルチャースクール講師、テレビ、ラジオ番組制作コーディネーター、レストラン等のアドバイザー、講演など食関係のあらゆる分野で活躍中。

ページトップ