料理ジャーナリスト ヨーロッパ郷土料理・菓子・食文化研究家 並木麻輝子のお菓子な歳時記| SALUS ONLINE MARKET
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並木麻輝子のお菓子な歳時記

2020.12.01

鍋型チョコに彩られた「エスカラード」

ヨーロッパの国々では、クリスマスの4週前の日曜日(今年は11月29日)からアドベント(待降節)と呼ばれるクリスマスシーズンに突入する。どこの町も力の入った装飾やイルミネーションに彩られ、クリスマス向きの商品の販売や、クリスマスマーケットもスタート。大都市から田舎の小さな村までが一様に活気づき、1年でもっとも華やかで楽しい季節となる。

さて、ヨーロッパ中がクリスマスに熱中しているこの時期、スイスのジュネーブでは、まったく違った一大イベントが開催される。
その名も「エスカラード」というお祭りで、ジュネーブの人たちにとっては、クリスマス以上の存在。1年で一番大切な日と言っても過言ではないそうだ。
エスカラードとはフランス語で「(塀や掘などを)よじ登る」、「クライミング」という意味。別名「はしご作戦」とも言われるこの祭事、今でこそ華やかなイベントになっているけれど、元を辿ればジュネーブの歴史を塗り替えていたかもしれない重要な出来事がルーツとなっている。では、いったい、誰がどこに登ったのだろうか?
歴史を紐解くと、今を遡ること400年以上前。正確にはジュネーブがフランス領に組み込まれそうになっていた1602年のこと。当時、サヴォワ 家のシャルル・エマニュエール・ド・サヴォワ は、ジュネーブを支配下に治めようともくろみ、虎視淡々と時期を狙っていた。そしてその年の12月11日の夜半、エスカラードと呼ばれる夜襲をかけ、城壁を乗り越えて一気に市内に踏み込もうとした。「エスカラード」の祭りは、それを市民の力で阻止したことを記念して、毎年12月12日にもっとも近い週末に行われる祭事だ。予期せぬ襲撃ではあったが、警備隊や義勇軍だけでなく、市民もともに戦い、数百人に及ぶサヴォワ軍を撃退。翌年、サン=ジュリアンの和約によってジュネーブは正式に独立した。

ロワヨームおばさんの鍋

ちなみに、この史実は有名な逸話とセットになっている。題して「ロワヨームおばさんとお鍋」。老若男女問わず、ジュネーブの人びとが大好きな話で、サヴォワ軍と戦った市民たちの勇姿を、ひとりのおばさんに置き換えた物語だ。
この夜、ジュネーブ防衛軍のためにスープを煮ていたロワヨームおばさんは、サヴォワ軍が梯子をかけ、城壁を登っているのを発見! グツグツと煮えたぎる野菜スープをサヴォワ軍の頭上にぶちまけ、敵を撃退するとともに味方に敵襲を知らせて、町を襲撃から救ったという。
 以来、スープ鍋は「エスカラード」のシンボルとなり、いつのまにかチョコレートに姿を変えてこのお祭りに欠かせない祝い菓子に転身。毎年12月になると、マルミットと呼ばれる蓋つきのスープ鍋をかたどったチョコレートのお鍋が、ジュネーブのチョコレート屋さんやお菓子屋さんの店頭にずらりと並ぶ。たいていは茶系のブラックチョコやミルクチョコを使っているが、最近はホワイトチョコを使った白い鍋も見かける。いずれも正面にはジュネーブ市の旗をモチーフにしたデザインを配し、ジュネーブのイメージカラーである黄色と赤のリボンをあしらうのが特徴。さらに中にはスープの具材に見立てて、マジパンでできたジャガイモやニンジンなどの野菜がゴロゴロと入っている。これを子どもと老人(年長者と年少者)が割り、「共和国の敵は死んだ!」という戦勝宣言をしてからいただくのが伝統的な食べ方だ。

「もしサヴォワに負けていたらジュネーブはフランスになっていたかもしれない」というジュネーブ市民にとって、この日はスイス建国記念日(8月1日)よりも大切な日なのだそう。「約400年前の勝利」を祝って、騎馬隊や楽隊など、当時の衣装を身にまとった1000人近い人びとがパレードを行なう様子は必見。同時にチョコレート専門店などの店頭に並ぶ、店ごとにちょっとずつ異なるチョコ鍋も一見の価値ありだ。

並木麻輝子(なみきまきこ)

料理ジャーナリスト ヨーロッパ郷土料理・菓子・食文化研究家
パリの料理学校ル・コルドン・ブルーの製菓・料理上級課程終了。ヨーロッパ各地の料理・菓子を舌で確認しながら自ら取材した経験を生かし、書籍、雑誌、ガイドブック等を執筆する傍、コメンテーター、大学の生涯学習クラスやカルチャースクール講師、テレビ、ラジオ番組制作コーディネーター、レストラン等のアドバイザー、講演など食関係のあらゆる分野で活躍中。

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